ピーターパン症候群
深夜3時。バイトが終わった。賄いをその場で食べる気力はもう残っていない。今日は持ち帰りにしてもらった。体調は良くない。多分熱があるんだろう。産まれた時からこの身体なのだから、月に一回は熱を出す体質にももう慣れっこだ。挨拶をしてバイト先を出る。降りていく階段の途中でぼんやりと今後について考えていた。
大学一年生の時に始まった誕生日会は今回で最後だ。最初の誕生日の人から一周した。早かったなと思う。そして様々なことが変わってしまったのだとも思う。いい意味でも。悪い意味でも。二度目はない誕生日会。終わりが存在するということはなんとなく寂しくさせる。
大学で考え方が変わった。
様々なひとに会った。
みんな 何かを抱えていた。何かに悩んでいた。それぞれ思っていることがあった。
昔は浮気なんてするなんて意味がわからなかった。今は理由を聞かず直ぐさま弾弓することができない。
簡単な話ではなかった。
口を出す話ではないのかもしれない。
後悔していたり、開き直っていたり、これで良かったのだと正当性を感じていたり、幸せを見つけたり、欲望のままに生きたり。
多様性という言葉は適切ではないと思うけれど、自分が考えていたよりずっと複雑でどうしようもないものがそこら中に転がっている。
正しさなんて幻想だ。それぞれが正義を持っている。
階段を降りて自転車に乗ろうと近づいた時、友達が縁石に座っているのに気づいた。
彼は泣いていた。
火をつけたばかりであろう煙草の火が心許なくともっている。彼が煙草を吸い終わるまでと思いながら隣に腰を下ろした。
「本当は今日来ないつもりだったんだ。でも本人から連絡きて、凄く嬉しかったんだよ」
今日は彼が前に付き合っていた女の子の誕生日会だった。別れた原因は彼の浮気。彼の自業自得だ。どれだけ彼女を傷つけたか今は彼も理解しているのだろう。
「もうここには来ない。大学も休学…てか辞めるつもり。他の大学から声がかかっててそっちで研究しようと思って。ずっとこんなクズみたいな生活でいいのか悩んでてやっぱり俺はやりたい事をやる。」
彼は有名大学の名前を挙げる。
私だって考えていなかったわけではない。毎日のように飲み歩き朝方まで遊ぶ生活は、楽しさと引き換えに時間を奪い、やりたい事がやれなくなる。ぬるま湯は心地良く私たちをずぶずぶと沈めていく。抜け出すのはとても困難だ。
明確なビジョンがある彼にとってはより悩みの種だったろう。
「これで会うの最後だと思う。寂しいな」
「そっか、うん、がんばれ…そろそろ行くね」
「うん、がんばる。またね」
「またねだと会う事になるよ」
「つい、癖で。じゃあバイバイ」
「うん、バイバイ」
くるりのRemember meを聴きながら帰る。
置いていかないで欲しいなと思う。大人になんてなりたくない。みんな自立していってしまって、いつかバラバラになってしまうのだと考える。まだモラトリアムでいたい。ずっとバカなことをやっていたい。
鼻の奥がツンとした。寒くなった季節のせいにする。
私も別れを言わなければいけない時がくる。今までそうであったように。次に繋がらないバイバイという言葉はできれば使いたくない。
別れはいつだってさみしい。
いつも思うのだ。
これからの事なんて考えたくない。できれば、何もせずに順風満帆な人生を歩みたい。一日8時間は寝ていたい。毎食美味しいものが食べたい。仕事は適当がいい。好きな人たちと毎日遊び歩きたい。水族館に住みたい。貯金残高の桁が1つ増えて欲しい。恋人とずっといたい。若いうちに死にたい。
なんて。
全て幻想だよ。バイバイ。